さて,今回は,「契約」の続きです。
前回,Aさん(パート勤務の兼業主婦。2児の母)のある1日の生活から,日々の生活でどのような「契約」がなされているかをイメージしました。
その中で,①旅客運送契約(電車・バス等の利用),②雇用契約(パート勤務),③(消費)寄託契約(銀行口座への預金),④各種供給契約(水道・電気・ガス等の水道光熱費の供給)や賃貸借契約(アパートの賃借)や(金銭)消費貸借契約(カードローンによるお金の借入れ),⑤売買契約(スーパー等での買い物),⑥継続的役務提供契約(例えば学習塾や英会話教室での授業を受けること),⑦贈与契約(お中元やプレゼント)等々…Aさんは,主なものだけでも実にたくさんの契約関係の中で生活しているということをお話ししました。
そして,Aさんをはじめとする私達は,日常の社会生活を送る中で,目に見えない無数の相手方と『赤い糸』ならぬ『契約の糸(鎖)』でつながっていること,こうした『契約の糸(鎖)』は,一度きちんと結ばれてしまうと,簡単に断ち切ることができないこと,をそれぞれお話しました。
「簡単に断ち切ることができない」というのは,一度きちんと契約が結ばれると,それによって発生した契約の双方当事者の義務(Aさんの立場から見ると,例えば②の勤務先に対し労働力を提供する義務や④のアパートをきちんと使ったりその家賃を支払ったりする義務,⑤の代金及び⑥の授業料等を支払う義務等)については,原則として,何か一定の理由がある場合でないと,相手方との合意がない中で一方的にこれを解消することはできない,ということです。
何か「一定の理由」は,いろいろな法律に定められています。各種の契約に共通する基本的なものとしては,「契約の相手方が,その契約における(重要な)約束を守ってくれないため,その契約関係に入っていることの目的を達成できないこと」(「債務不履行」といいます)や,「契約を結んだ時に,重要な勘違い(「錯誤」といいます)があったり,その相手方からだまされたり(「詐欺」といいます),強く迫られたり(「強迫」といいます)したため,こうした事情がなかったらしなかった契約を結んでしまった。」という場合等に限られます。
反対にいうと,Aさんは,例えば『②仕事をする気になれないから,今日は仕事を休もう』とか,『④最近大家さんとけんかして腹が立ったから,家賃を支払うのをやめたい』とか,『「④今月は出費が大きかったから,今月分のローンは支払わないでおこう』とか,『⑤ある物を買ったけれど,気が変わっていらなくなったから,返品してお金を返してもらおう』等という理由で,一方的に(=パート先や大家さんや銀行や売主と合意したり,認めてもらったりしない中で)契約を解消したり,その義務の実行を拒絶することは,できない(=相手方に対する「債務不履行」となってしまう)ということになります。
こうした原則に対して,特別の法律により,例外的に一定の場合には契約の解消が認められたり,反対に契約の解消自体がさらに難しくなっていたりするケースもあります。例えば,消費者保護のため制定された法律(特定商取引法や消費者契約法等)により,⑥の継続的役務提供契約を含む一定の取引については,一定の場合にはいわゆる「クーリングオフ」や「中途解約」や「取消」が認められることで,契約を解消できる場合があります。他方で,労働者保護のため制定された各種法律(労働契約法や労働基準法等)により,②の雇用契約につき,解雇(雇用主からの契約の解消)や労働条件の切下げが制限されています。また,借主(生活者)保護のため制定された法律(借地借家法)により,④のうち借地・借家の賃貸借契約については,契約の解除や更新拒絶等の借主に不利な条件変更が制限されています。
以上のように,一定の例外はあるものの,『契約の糸(鎖)』は,一度きちんと結ばれてしまうと簡単に断ち切ることができない,という原則は,是非覚えておかれてください。
他方で,こうした契約に基づく主張を相手方にしていこうとする場合には,以前にご説明したように,その裏づけとして,何らかの証拠が必要となると思っておいた方がよいです。例えば,そもそも契約の内容を定めた「契約書」がないと,契約の両当事者がお互いにどのような権利・義務を負うのかがわかりにくくなりますし,義務の実行として支払いをしたことの裏づけとして「領収証」「レシート」をもらったり,せめてご自分で通帳に記帳することで持っていないと,トラブルになったときにはその立証が難しくなります。
こうした契約についてのトラブルは,高額な商品を多数回の分割払いで購入する場合に,特に表れやすくなります。『本当は必要でなかった』,『買った商品に問題がある』,『買った時の説明と違う』と思っても,契約を解消できず,高額のローンが残ってしまう,というケースです。
そういうトラブルになってしまった,あるいはなりそうだという場合は,できるだけ早く弁護士に相談されることをお勧めします(仮に契約を結んでしまった後でも,契約内容その他の事情により,最終的には支払いを拒絶する等の解決が図れることもありますので,まずは相談を。)。
その上で,このコラムを読まれた皆さんにおかれては,セールスマンの説明を受けて(高額な)商品を買おうと思った時も,できれば「契約書」にサインをするその前に,この「契約書」にサインしたら自分にはどのような義務や負担が生じることになるのか,最悪の場合自分がどうなるのかについて,もう一度だけ考えていただければと思います。そして,それがご自分ではよく分からないという時には,できるだけ早く弁護士に相談されることをお勧めします。『法律相談を受けてよかったです。うっかり何百万円・何千万円もの借金を抱えてしまわずに済みました』というケースも,決して稀ではありませんので…。
以 上